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日本の名車
トヨタ・ランドクルーザー60系 〔HJ60V・標準ルーフ・ディーゼル〕
 (昭和57年(1982年)~平成元年(1989年)


陸の王者の貫禄を世に知らしめたランドクルーザー60系
 砂地や泥ねい地のみならず、高速道路までも・・
  地上のあらゆる地形を制覇し、長く乗り続けた者達には
   その圧倒的な耐久性をも見せつけた。

 もう一言付け加えるならば、「ランクル=オフロード四駆」と呼べるギリギリ最後の
  モデルでもあった。ロングホイールベースのランクルの歴史はここを堺に終わった
   という人もいる。

 ランドクルーザーという車種はその多くは海外で活躍してきた、世界的にかなり有名な自動車
である。この大型四輪駆動車に背負わされた使命は、世界の国々で乗用車が走れないような
場所、すなわち、砂漠、草原、時には瓦礫場、河川、泥沼地などを、多くの荷物と人を乗せ、何
百キロあるいは何千キロも故障無く走り続けることである。道中の未開の地域で、どうしても粗
悪燃料や粗悪オイルを入れざるをえなくなっても、それで目的地まで走り切らなければならない
ことである。砂漠の真ん中で故障して止まることがあれば、それはすなわち乗員の命をも犠牲
にすることを意味する。現在、日本において販売されているランドクルーザーのように快適装備
や豪華装備で着飾ることもなく、本来の目的に特化したこの自動車は本当に美しかった。



<ランクル60の簡略史>
・1980年
 ランドクルーザー55型のフルモデルチェンジ
 版として登場した。
 この時のエンジンはガソリンエンジンの2F型
 (4.2L直6)のみであった。燃料代などの維
 持費が高額なため、ランクル55と同じように、
 ほとんどが業務用途で少数使われた。F型
 エンジンなのでFJ60と呼ばれた。
・1982年
 ディーゼルエンジンの3B型および2H型搭載
 モデルが追加された。
 3B型はランクル40系にも搭載されていた
 3.4L・4気筒ディーゼルエンジンである。これ
 を搭載した60系はBJ60と呼ばれた。
 2H型は海外仕様の40系に搭載されていた
 4.0L・直列6気筒ディーゼルエンジンである。
 これを搭載した60系はHJ60と呼ばれた。
 ちなみにHJ60VのVはバンボディを意味して
 いる。

 BJ60V。丸目2灯のヘッドランプやフェンダーミラーが
初期60系の特徴である。
 マニュアルトランスミッションが5速化されたり、ハイルーフモデルが追加されたのもこの年である。
・1985年
 ディーゼルの2Hエンジンにターボを付け、直噴化した12H-T型エンジンを搭載するモデルが追加された。
 このモデルはHJ61Vと呼ばれた。
・1986年
 3Bエンジン搭載モデルが廃止された。
・1987年
 ヘッドランプが角形4灯に変更され、インパネのデザインも乗用車風に変更された。
 ランクルの乗用車化への兆しである。
・1990年1月
 80系へとフルモデルチェンジした。
 ロングホイールベース型(ステーションワゴン型)ランドクルーザーが「オフロード四駆」であり得た歴史が
 ここで閉じられることになった。(ランクル80系以降はSUVなどと呼ばれる。)



<最終型ランクル60の概略 ; HJ60V および HJ61V >

ランドクルーザーHJ60V ( 4.0D GX )
 ランクル60の標準ルーフモデルである。ルーフが平ら
なのは、屋根に大型のキャリアを乗せ、たくさんの荷物
を積むために必須のスタイルである。大陸の各国で重宝
されて走っているモデルはこのようなスタイルをしている。
当然のことながら、サンルーフなどの破損しやすいムダ
装備は無い。


ランドクルーザーHJ61V・ハイルーフ
 ( 4.0DT VX ハイルーフ)
 上の写真は、いろいろな装備でデコレーションされてしまった
60の中の1モデルである。名器2Hエンジンにターボがボルトオ
ンされ、ハイルーフの屋根にはサンルーフが設けられ、オーバ
ーフェンダーを装着してルックスアップのためのワイドタイヤが
装着された。シート形状や素材なども一段と乗用車っぽく、オー
トマチックトランスミッションを選んだほうが自然であるモデルで
あった。それでいて上の写真は鼻っ面にウィンチを付けており、
この重くなった乗用車でオフロードに乗り入れることも想定して
いたのか?質実剛健であったランクルの歴史始まって初の、妙
に日本人乗用車ユーザーを意識し始めたモデルであり、ランク
ルをRVだのSUVだの、そんな遊びグルマへと向かわせるきっ
かけになったモデルである。

 


 HJ61V・ハイルーフ・VXのAT仕様のインテリア
 インパネはこのシリーズに共通であるが、ジュウタンや
シートの色はGXとは異なって高級志向であり、泥の付い
た衣服で乗車する事には抵抗を感じるモデルとなってい
る。しかし、どのグレードの60も、もはや室内を水洗いする
ことは不可能になってしまった。

主要諸元
HJ60V (4.0D GX)
全長×全幅×全高 4750x1800x1805 mm
車両重量 2040 kg
乗車定員 5 名
エンジン種類 水冷直列6気筒OHV
総排気量 3980 cc
最高出力 105 ps / 3500 rpm
最大トルク 25.5 kg-m / 2200 rpm
使用燃料 軽油
燃料タンク容量 90 リットル
変速機 5MT
駆動方式 パートタイム式4WD
サスペンション形式 前 半だ円リーフスプリング
サスペンション形式 後 半だ円リーフスプリング
ブレーキ 後 ベンチレーテッドディスク
ブレーキ 後 リーディングトレーリング
主要諸元
HJ61V (4.0DT VX)・ ハイルーフ
全長×全幅×全高 4750x1880x1945 mm
車両重量 2220 kg
乗車定員 5名
エンジン種類 水冷直列6気筒OHV 過給器付
総排気量 3980 cc
最高出力 135 ps / 3500 rpm
最大トルク 32.0 kg-m / 2000 rpm
使用燃料 軽油
燃料タンク容量 90 リットル
変速機 4速AT
駆動方式 パートタイム式4WD
サスペンション形式 前 半だ円リーフスプリング
サスペンション形式 後 半だ円リーフスプリング
ブレーキ 後 ベンチレーテッドディスク
ブレーキ 後 リーディングトレーリング
 左は標準ルーフのGX、右側はハイルーフAT仕様のVXのものである。車重はVXで180キロも重くなっている。
車体の基本部分は同じであるから、その重量増加分が耐久性や運動性能を犠牲にすることになる。


HJ60V・標準ルーフ・ディーゼルの詳細
<体験記 1988年(昭和63年)当時>

 ランクルが来るまで・・・・ 就職して最初に買ったクルマはホンダのアクティー・ストリート。でも、これは
雪道で滑って大破させてしまった。そして次のマイカーはトヨタのカリーナ。これは父にクラウンを買い、
父が乗っていたカリーナ1800STを譲り受けたわけである。しばらくカリーナに乗っていたが、ある時、す
ごく大きな車体で、タイヤも大きく、どんなところにでも走って行けそうな頼もしいクルマに出会った。当時
はまだ四輪駆動車は世の中であまり普及しておらず、すごくたまにしか見かけない、それこそ日本離れ
したクルマであった。いろいろ調べてみると、トヨタのランドクルーザーという車種であることがわかった。
 なんとかランクルを手に入れたくて、必死に妻を説得した^^;  けっこう高額な買い物である。。
 ・・・・念願が叶い・・ヤッタァー!\(`∇\)(/`∇)/ヤッタァー! いよいよ我が家にあこがれの60が来る。
「もうクルマは届いているけど、これからフォグランプを付けるのでもうしばらく時間ください」との連絡に、
もう待ちきれず、車屋さんの前の道路から、整備の順番待ちで並べてあった我が家のランクルを眺めに
行ったものである。当時は、今のように箱形の背の高いクルマは無く、乗用車ばかりの車列の中にラン
クル60だけがひときわ高くそびえていた。

<いよいよランクル60がやってきた>

 普通ならば、自分が買うクルマというものは、事前に店頭で確認したり、あるいは試乗してから契約す
るのであろうが、当時、こんな特殊なクルマが店頭に並ぶわけはなく、試乗なんてのはほど遠いもので
あった。
家に届いた時が初めての試乗である^^;
 車屋さん(実は従兄弟^^;)の説明もほどほどに、さっそく運転席に登った。
 オオーw(*゜o゜*)w すごい。。 これがランクルか・・
 初めて体験する高い視点、そこから見える広大なボンネット、どのあたりにあるのか左前輪・・、長くて
太いシフトレバー・・ 何から何までアナザーワールドである。当時のクルマはクラウンも5ナンバーサイ
ズであり、車幅は170センチ未満・・。ところがランクルは180センチ、しかも車高が高いために、左下の
地面は遥か彼方にしか見えない・・^^;
 恐る恐る路上に出てみた・・。道幅が狭いw(゜o゜)w  いつも走っている道がとてつもなく狭く見える。
ひときわ大きなサイドミラーで左路肩の位置を確認し、徐々に車幅感覚を覚えていく。
 エンジンは低速トルクが強大で、うまくクラッチミートしないと出足がぎくしゃくする。ある時、また別の
従兄弟が運転してみたいというので貸してあげたら、当然1速発進するわけで、クラッチがつながった
瞬間に車体がドンと前に突き出され、そうするとアクセルから足が離れ、急なエンジンブレーキ・・^^;
その繰り返しで、結局、ガタンコンガタンコンと車体が前後に大きく揺れて発進できず。それで、2速発
進を勧めて、ようやくランクルを発進させることができた。誰もが簡単に乗り始められるクルマではなか
った。

<HJ60Vの詳細紹介>


写真:トヨタランドクルーザー60 4.0D GX (N-HJ60V)
 ムダが無くそれでいて貫禄があるそのボディ
スタイルは、四駆乗りに「いつかはランクル」と
言わせたものである。
 シートは過度に分厚くなく、折り畳めば60シリ
ーズの中で最大の荷室長が確保できた。
 四駆のメカニズムは必要な時に四駆に切り替
えるパートタイム式であり、対角線上の2輪が空
転しても、地に着いている残り2輪に動力が伝わ
るリミテッドスリップデフあるいはデフロック機構
をチョイスすることができた。
 6気筒ディーゼルエンジンは、思いのほか静か
に滑らかに回り、走行中はディーゼルエンジンで
あることを忘れさせた。
 (ガソリンエンジンのモデルも選ぶことができた
が、2t 超の車重に4Lの排気量となれば、燃費
性能すなわち無給油で航続できる距離は短く、
経済的にも余計な負担を受けることになるため、
自家用での使用は限られた。)

 荷室の後部ドア
 観音開きであり、車体と後ろの障害物との間隔が狭くてもドア
を開けることができ、荷物の出し入れが可能である。上下開き
ドアの場合では、支えているステーの劣化によって、その重い
荷室ドアが上から落ちてくる心配があるが、観音開きであれば、
そんな心配は皆無である。



 荷室部分
 リアシートはそのままでも、これだけの広いスペースが
ある。リアシートを前にたたむと、長さ190cmのものを積め
るし、大人が2人並んで寝ることもできた。自転車ならば
2台を載せることができた。


 リアシート
 こういった部分は乗用車っぽいのは楽である^^;大人が
3人座って、楽に遠出ができた。 ただ、シート地は飲料を
こぼしても浸みない材質の方が良かったように思う。特に
子どもを乗せていると切実である^^;


 フロントシート
 サイズ的に大きくて、まさしくゆったりと座れるシートである。
リアシートのところにも書いたが、汚れるとあとがたいへんで
ある。すでにこのシート地はオフロード使用を考慮していない
証拠である。


 2輪駆動と4輪駆動の切替ボタン
 写真右側に見える「TRANSFER」「H4」
と記されたボタンが、それである。車軸の
フリーホイールハブが連結状態にさえな
っていれば、停車中でも走行中でも必要
なときにすぐに切替可能である。三菱ジー
プのように昔ながらの機械式レバーに較
べると、停車時にも普通に切り替えられる
ことが何よりも嬉しい。


 HJ60V・GX・5速マニュアル車のインパネ
 ランドクルーザーにおいて、室内のデザインが乗用車っぽくなってきたのは、1987年
にマイナーチェンジが施されて角目四灯になったこのモデルからであろう。それまでの
ランクル60系のインパネ全体のデザインは直線基調だった。同時期に存在した70系は
もちろん直線基調のデザインである。乗用車からの乗り換えユーザーにとっては違和
感が少ないであろうが、四駆マニアにとっては時代の移り変わりを感じさせられるデザ
インになっている。
 左側から順に、ラジオ/オーディオ、デジタル時計、スピードメーター、タコメーター、
集合メーター(左上:水温計、右上:燃料計、右下:電圧計、左下:油圧計)である。
その下段には左から順に、空調、トランスファーボタンである。最下段にはラジオアン
テナの伸縮スイッチとリアウインドウのデフロスタースイッチがある。


 5速マニュアル・シフトレバー
    および、副変速機レバー
 変速機は何十万キロ使用しても決して
壊れることのないシンプルかつ頑強な5
速マニュアル・トランスミッション。
 右隣の短いレバーは、4輪駆動時のHi
とLoの切替用副変速機レバーである。

GXの自然吸気6気筒ディーゼルエンジン(2H型)
 4000cc直列6気筒の自然吸気ディーゼルエンジンは、アイドリングから上は
全て実用回転域と言ってよく、1000回転も回っていればそれこそ強大なトルク
を車軸に伝えてくれた。動弁機構はOHVであって、切れる心配のあるタイミング
ベルト、あるいはタイミングチェーンなどは使用していない。またターボチャージャ
ーもオイルの質などが問われるため、搭載していない。


<体験記 1996年(平成8年)当時>
 ランクル60が我が家に来てから8年。これで河渡りもしたし、雪道も、高速道路もよく走った。それこそ
いろんなフィールドを駆けめぐり、そのたびにランクルの頼もしさを満喫したわけである。
 一番想像しがたいであろう高速道路での60の走りについてだけ少しコメントしておく。ギア比の関係上
時速130キロぐらいでイエローゾーンの始まる3500回転/分に到達したように記憶している。このエンジ
ンの最高出力発生回転数に相当する。レッドゾーンはもう少し先にあるので、無理をすればさらに車速を
上げることは可能であろうが、効率が悪いしエンジンに負担をかけるために試したことはない。一般的に
は時速100~120キロで余裕をもって、しかも静かにクルージングできる性能であった。

 ところで、このクルマが世の中に現れて以来、世の中にはいろんなクルマが誕生し、また姿を消してい
った。しかし、どれか1台を自分で保有するとなると、何年経ってもやっぱりこのクルマ以外には考えられ
ないというのが印象であった。このモデルの後継としてランクル80、ランクル100、・・・。いや、どの最新
マシンをタダでやると言われても、1台だけとなれば、やはりこの60の標準ルーフを選んでしまう。他に
コメントのしようがない。
 私事であるが、いつの時も我がファミリーの頼れる存在だった・・。日常の通勤は言うに及ばず、冷蔵
庫や材木などの大きな買い物、たくさんの荷物を載せての家族キャンプ、引越時の荷物運び、庭木や
庭石の移動時の牽引、雪道やぬかるみでスタックした家族や他者のクルマの救援、etc.。逆にこのク
ルマが使えないという状況はなかった。当時、わが家の60のオドメーターは22万キロを示していた。
本当にありがとう、60・・。


写真:rocky-road.comより
 角目にマイナーチェンジされる前の60である。まだま
だ軽やかだった60は、このようなシーンも得意だった。
重くなったターボ&AT仕様ではこのような場所に乗り入
れる気にはならない。


写真:safarigard.comより
 大型のルーフキャリア、車体が半分以上浸かる水深の渡河も可
能なルーフ上部まで伸ばしたエアインテークダクト、ブッシュなどで
ランプ類を守るブッシュガード、補助ランプ、ウィンチ、多少のリフト
アップとオフロード用大経タイヤ。必要性から生まれた機能美が大
変美しく頼もしい。


写真:.off-road.comより
 初期モデルのFJ60。川や泥濘地でもためらわずに
侵入できるステーションワゴンである。四輪デフロック
をすれば、片輪だけ空転することはない。ちなみに日本
では四輪デフロックと後輪リミテッドスリップデフはオプ
ションで選ぶようになっていた。

写真:CarREVIEW Photo Galleryより
 ランクルにはこのようなフィールドが一番よく似合う。独立懸架式
車軸ではないがゆえに超ロングストロークの足回り。少々の起伏
でも車輪が地面から浮き上がることはない。


 <その後 2001年(平成13年)>
 その後、我が家の子どもたちも大きくなり、両親も含めて7人の家族が乗れるクルマに変更することになった。
名残惜しかったが、また別の人に可愛がられてくれることを祈りながら、お別れした。
 26万キロを走破しても、その走行性能には何らの変化も感じられず、まだまだ延々と走り続けることが可能な
状態であった。


<今思うこと 2012年(平成24年)>

 現在の200系と呼ばれるトヨタランドクルーザーは「地球上でいちばん贅沢なクルマでありたい」らしい。そして
開発に当たった方々は「
地上のあらゆるところを走れることをめざした、オフローダーとしての世界と、日常、あら
ゆるシーンで圧倒的な存在感を示す、プレステージカーとしての世界のふたつを併せ持つ、唯一無ニのクルマ。」
を作りたかったそうである。
 かなり辛口のコメントかもしれないが、そのようになってしまったランクルに魅力を感じる人は、もはや少ないで
あろう。天は二物を与えないから美しい。何かに特化しているからその機能美が美しいのである。プレステージ
カー?贅沢?そんな軽率な文言は「ランドクルーザー」には似合わないハズである、いや、似合ってほしくない。
ホイールベースの長いほうのランクルの歴史は60を最後に終わってしまった。いや、60にサンルーフが付いて、
ワイドタイヤが付いた時点で終わりになった。機能美のランクル60標準ルーフよ・・まだ生き残っているならば、
真に美のわかる男に可愛がってもらってくれ。


<追加情報 2012年6月時点、11年以上前の回想 ^^;>

①燃費(2H型ディーゼルエンジン)
 高速道路を90~100km/hぐらいでおとなしく走っていると、おおよそ10~11km/Lだったと思います。田舎道の
一般道では9~10km/Lぐらいだったと思います。大排気量ですが、さすがにディーゼルエンジンで、燃費は良か
ったですね。高速と一般道であまり違わないのは、高速ではギア比の関係で高回転まで回るから不利だったん
でしょう。しかし、当時は軽油の値段は1リットルあたり70円前後でしたから、すごく良い時代でした(*´▽`*)♪

②不満だった点
 これは、今から思うと・・、という視点で書いてみます。当時のクルマはみんなそんなものでしたから、実際のと
ころは大した不満点は無かったと言うことです。でも、旧車ファンの方々も増えてきているような気がしますし、
現在ランクル60を欲しいと思っている方々もいらっしゃる感じですので、あえて情報源として書いてみます。

・車体の左右の傾き
 これは、ランクルは左右の板バネのバネレートがわざと違えてあるらしく、その理由は、縦置きにされたエンジ
ンのトルク反力や、重量物の左右どちらかに片寄った配置の悪影響などをうち消すようにしてあるらしいです。
ところが、経年変化によってバネだけが性質を変えていく(ヘタっていく)ために、徐々にどちらかに傾くようにな
るそうです。これはバネを新品に換えるか、前後どちらかのバネだけ左右を入れ替えてみるか、片方に補助の
板バネを追加するしかないでしょうね。あまり好ましくはないですが、前後のスタビライザーの固定位置を上下に
調整して少しでも傾きに抵抗するという簡易方法もあるでしょうが・・。

・高速時のステアリングの震え(ブレ)
 当時のクルマは多かれ少なかれいろんな箇所の工作精度が低く、特に四輪駆動車は粗かったのでしょうね。
組み合わせるホイールのアンバランスと上手く打ち消されればステアリングのブレはほとんど感じなくなりますし、
アンバランスが同調すればブレが目立つようになりました。それと、ドライブシャフトなどの回転する部分の精度
があまり良くなく、高速走行では車体に細かな振動が伝わりました。でも、気にしなければわからない程度でし
た。ま、こういったことは現代のクルマでは考えられないことですね(^▽^);

・高速道路の登りでのパワー不足
 2トン超の車重に105ps、25.5kg-m/2200rpmのトルクは、これも当時ではそんなに気にならないことではあり
ましたが・・。排気量は4000ccもありますし、60の初期には3400ccで4気筒の3Bエンジンも積まれていましたか
ら、それに比べればずいぶんとハイパワーだったわけです。しかし、今時の乗用車と比べると、高速道路の登り
で車速が落ちるなどはパワー不足だと捉えられるかもしれません。
 2012年6月現在で最優秀なディーゼルエンジンは、マツダの、「SKYACTIV-D」と呼ばれる2200ccの小さなタ
ーボディーゼルエンジンで、この排気量から175ps/4500rpm、42.8kg-m/2000rpmという驚くような数値を叩き
出しています。マツダCX-5の車重は1.5トン程度ですから、この組合せならばさぞかし元気良く走るでしょうね。
しかも燃費もかなり良さそうです。まぁ、そんな最新エンジンと較べた場合、パワー不足だということです。

・1ナンバーなので、高速料金が3ナンバーのランクルよりも高かったこと
 新しい3ナンバーのランクルのほうが車体が大きいのに・・・(> <) どうしてなのだ・・。要するに、4トン車と同じ
扱いを受けていたわけです。350kgしか積めないのに・・。日本の法律には理屈に合わないことがたくさんありま
すが、これはその一例です。

・毎年車検
 これも、昔ながらの法律によるもので、覚悟の上で商用車を買ったわけですから仕方ありません。キャンピン
グカー仕様などで8ナンバーに変更して2年車検にしている人もいらっしゃいました。ただ、ランクル60は大いに
活躍してくれましたので、これでも良かったと思っています(^▽^)ゞ 商用車ですから自動車税はずいぶんと安
いですけどね(^^)v

・前輪タイヤの外減り
 前輪タイヤの外側が多く減るのは当時では当たり前のことでしたが、ランクル60の場合トーインが強すぎるよ
うな気もしました。クルマを正面から見た場合、当時のクルマはポジティブキャンバーすなわち逆ハの字になっ
ていますが、その影響をうち消すために、前すぼみにしているわけです。それがけっこう強かったですね。他の
四駆ではそこまで強くなかったように思います。ですから、こまめなタイヤローテーションが要求されました。

 不満だった点というのはほぼこれぐらいです。そもそも、現代のクルマを基準にして、昔のクルマを評価したら、
当然の事ながら欠点だらけになってしまいます。TOPページの冒頭でも述べていますが、欠点はあれども、そ
れをはるかに凌ぐ魅力を持っているクルマが日本の名車なんです。


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